Essay シュメール語の辞書で「愛」を知る

『古事記』を現代語で読むのと原文で読むのでは全然違うように、神話はやはり原典で読みたいもの。『イナンナの冥界下り』の原典についてはすでにお話をしたように、ネット上で自由に閲覧することができます。となると、あとは辞書ですね。

シュメール語の辞書は、日本語では適当なものがありませんが、英語のものはインターネット上で公開されています。

ペンシルバニア大学の『ペンシルバニア・シュメール語辞書(PSD:The Pennsylvania Sumerian Dictionary)』です。

 ホームページには紙版の辞書の情報もありますが、無料で使えるネット版は以下です。

・『electronic PSD(ePSD)』

この辞書は「シュメール語→英語」でも使えますし、「英語→シュメール語」の辞書としても使えます。

『イナンナの冥界下り』などを読むときに役に立つのは「シュメール語→英語」の方ですが、「英語→シュメール語」の方も「シュメール人ってどんな人たちだったんだろう」ということを考える上で、なかなか面白いので、ぜひいろいろ試してみてください。

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●シュメール人にとっての「愛(LOVE)」を調べる

たとえば「愛(love)」をシュメール語で何というんだろう、と調べてみます。ページの一番下にある「Dictionary」の欄に「love」と入力して「Go」をクリックします。

すると以下の「hili kar[LOVE]」以下の4つが出てきます。

この4つを見ると、最後の「ul[swell(膨張する)]」以外は「2語」です。「2語」というのは熟語ですね。

熟語ということは、シュメール語には「LOVE」を示す言葉がなかった、ということを意味します。シュメール語には、英語の「LOVE」や漢字の「愛」のようなびったりの言葉がなかったので、2つの語を組み合わせて、それを表しているのです。これによって、ひょっとしたらシュメール人は私たちが使うような「LOVE」という概念は持っていなかったんじゃないか、あるいはシュメール人の「LOVE」は、いま私たちがイメージする「LOVE」とはずい分違うものだったのではないか、なんてことが考えられるのです。

となると、じゃあ、シュメール人にとって「LOVE」とはどういうものだったんだろうか、なんてことが気になります。

それを考えるために、この4つの語をひとつひとつ調べていくのですが、ここでは2つめの「hili teĝ 」について見てみましょう。

●「hili」を調べる

最初に「hili」というのを、やはり「Dictionary」欄に入力します。

すると以下の4つが出てきます。

最後の2つはさっき出てきたものなのでいいですね。2つめの「hili」は「WIG(かつら)」なのでちょっと措いておき(実はこれも面白いので、ぜひあとで見てみてください)、最初の「hili」を見ると「LUXURIANT(豪華な)」なんて出ています。「ラグジュアリー」ですね。「へえ、LOVEって豪華なイメージなんだ」ってことで、まずはこれを見てみましょう。「hili[LUXURIANT]」をクリックします。

楔形文字も出てきますね~。これはちょっと嬉しい。でも意味を見てみると、あら、あら。最初の意味は「セックス・アピール(sex apeal)」で、次が「豪華」、そして最後は「セックスをする(to have pleasure)」。

シュメール人にとっての「愛」は「性愛」のことだったようですね。いわゆる「精神的な愛」は、またこの時代には登場していないのです。これは漢字の「愛」が、もともとは「暗闇に忍んで行く」という意味だったのに似ています。

ちなみにこのページの下に「See ETCSL」というのがあるでしょ。『イナンナの冥界下り』の原文で紹介した「ETSCL」のページで「hi-li」がどんな風に使われているかがわかるようにリンクされています。これもぜひ見てくだい。どのような文脈で、どのように使われているのかがわかります。

●「teĝ」も調べる

「LOVE」のシュメール語は「hili teĝ」だったので「teĝ」も調べてみましょう。

これも「Dictionary」欄に「teĝ」と入力すればいいのですが、ここで問題がひとつ。「teĝ」の「ĝ」が僕のパソコンのキーボードにはない。

「ま、いっか」と思って「teg」と入力すると見慣れないメッセージが出てきます。

これはエラーメッセージ。やはり「teĝ」と入力しなければならない。でも、そんなの入力できない。

実は「ĝ」の代わりに「j」と入力すればいいのです。ですから「tej」と入力してみる。すると「teĝ(APPROACH)」と出てきて、それをクリックすると意味が…

1. (to be) near to (454x/100%)
2. to approach

…と出てきて、「おお、近づくことなんだ」とわかります。

となるとシュメール人にとっての「愛」ってセックスアピールを感じた相手に「セックスしたい!」という下心まる出し(つうか、こうなるともう「下心」ではなく「上心」だわ)で近づくことなんですね。

う~ん、シンプルというか本能的というか…。でも、それは、それでいいなぁ。

…てなわけで、「hili kar」などの他の3語はどうぞご自分で調べてみてください。

※「ĝ」は「j」と入力しますが、もうひとつ入力が困難なものがあります。それは「š」です。これは「c」と入力してください

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ちなみに「やっぱり紙の辞書もほしい」という方。入手しやすいのは以下です。でも、いまはちょっと高いです。

『Sumerian Lexicon: A Dictionary Guide to the Ancient Sumerian Language』